球脊髄性筋萎縮症|疾患情報【おうち病院】

記事要約

球脊髄性筋萎縮症とは、遺伝性の下位運動ニューロン疾患です。球脊髄性筋萎縮症の原因・治療方法・診断のコツなどを医師監修の基解説します。

球脊髄性筋萎縮症とは

球脊髄性筋萎縮症 (SBMA)は、遺伝性の下位運動ニューロン疾患※1です。遺伝形式はX連鎖性劣性遺伝となります。

通常は遺伝子の異常を持つ成人男性に発症し、小児期、青年期に神経症状が出現することはほとんどありません。30〜50歳頃に神経症状が現れ、緩徐進行性の筋力低下(顔面、舌、四肢)、筋萎縮、球麻痺※2を主症状とします。

また本症は男性ホルモンであるアンドロゲンの感受性低下に関連した疾患であるため、女性化乳房、睾丸萎縮、乏精子症、無精子症を認めることがあります。その他、耐糖能異常、脂質異常症を合併することもあります。

神経症状の発症から10〜20年で筋力低下により階段昇降が困難になったり、嚥下機能の低下や呼吸筋の筋力低下を認めるようになります。嚥下機能の低下により、むせやすくなり誤嚥性肺炎を繰り返すことが直接的な死因になることが多く予後を左右します。約1/3の患者は発症後20年で車椅子を必要とするようになります。

本症に対する根本的な治療法はまだ確立されていないため、最近まで合併している症状(肺炎、耐糖能異常、脂質異常症など)に対する対症療法しか行うことができませんでした。

しかし2017年に神経症状の進行を抑制する治療薬として、黄体形成ホルモン刺激ホルモン(LH-RH)アナログであるリュープロレリン酢酸塩が承認され保険適応になったことで、神経症状の進行を抑える(特に嚥下機能)ことができる症例も見られるようになりました。

また歩行機能改善をもたらす医療機器としてロボットスーツHALⓇが2016年に保険適応となっています。さらなる治療法として、遺伝子発現抑制治療や男性ホルモン抑制治療などの臨床試験が進んでおり、その治療効果が期待されています。

※1 手足や舌、顔面を動かすためには運動ニューロンが働かなければなりません。

「動かそう」という意思決定が大脳の運動野に伝わり、その信号は運動ニューロンを通って(上位運動ニューロン)、延髄にある神経核や脊髄にある前角細胞(運動を司る細胞)に伝わります。そこから各筋肉まで繋がる運動ニューロンを下位運動ニューロンといいます。

上位運動ニューロン、下位運動ニューロンを伝って「動かそう」という信号が筋肉に送られることで随意運動ができるようになっています。下位運動ニューロンが何らかの理由で障害された疾患の総称を下位運動ニューロン疾患といいます。

※2 球麻痺の球は延髄を指します。延髄にある舌咽神経、迷走神経、舌下神経の神経核が障害されることで生じる麻痺で、嚥下障害、発声・構音障害、舌の運動障害、舌の萎縮を認めます。

球脊髄性筋萎縮症の原因

SBMAは遺伝子異常により発症する遺伝性疾患です。原因遺伝子は、男性ホルモンであるアンドロゲンに対するアンドロゲン受容体 (AR) 遺伝子であることがわかっています。X染色体に位置するAR遺伝子内における三塩基 (CAG) の繰り返し配列が正常な遺伝子に比べ、異常に延長していることが原因です。CAGの繰り返し配列数が多いほど発症年齢が若年になることも明らかになっています。遺伝形式はX連鎖性劣性遺伝※3となります。

※3 X連鎖性劣性遺伝:X連鎖性は変異遺伝子がX染色体の1本にのっていることを示します。女性はX染色体を2本、男性はX染色体、Y染色体をそれぞれ1本ずつ持っています。母親から変異遺伝子をもらった男性は1/2が疾患を持つ可能性があります。父親から息子へは遺伝しませんが、その疾患を持つ父親から生まれた娘を介して孫に遺伝子します。孫が男児なら1/2が疾患を持つ可能性があり、女児であれば1/2が保因者となります。

疫学

SBMAの発生頻度は人口10万人あたり1〜2人と推定され、本邦での患者数は2,000〜3,000人と推定されています。

球脊髄性筋萎縮症の症状

神経症状は一般的に30〜50歳頃に始まります。初期症状として、顔面、手足の筋けいれんや上下肢の筋力低下、転倒傾向を認め、腱反射は低下します。症状は緩やかに進行し、発症から10〜20年で階段昇降の困難、歩行困難を呈し、約1/3は発症後20年で車椅子を要するとされています。また多くの場合、球麻痺による嚥下困難や構音障害を生じます。徐々に嚥下障害が進行し誤嚥性肺炎などの呼吸器感染症を起こしやすくなります。

本症では男性ホルモンであるアンドロゲンの感受性の低下により、女性化乳房、睾丸萎縮、乏精子症、無精子症などを認めることがあります。その他、耐糖能異常、脂質異常症を合併することがあります。

血液検査では、筋けいれんなどを反映し血清クレアチニンキナーゼ (CK) の高値を認めることが一般的です。

球脊髄性筋萎縮症の診断方法

SBMAの診断は、臨床症状、神経学的所見、針筋電図、遺伝子検査(保険適応)などにより行われます。本症は、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) と混同されることが多く、鑑別には注意が必要です。

ALSは、下位運動ニューロンだけでなく上位運動ニューロンも障害される疾患です。したがって、身体所見での腱反射亢進、痙縮、病的反射など上位運動ニューロン徴候を認めます。また、 SBMAではアンドロゲン感受性の低下が重要な所見の一つであるため、女性化乳房を認めることがありこの所見もALSとの鑑別に有用です。

<球脊髄性筋萎縮症の診断基準> 難病情報センターHPより引用

A.神経所見:以下の神経所見(ア)(イ)(ウ)(エ)のうち2つ以上を示す。

 (ア)球症状
 (イ)下位運動ニューロン徴候
 (ウ)手指振戦
 (エ)四肢腱反射低下

B.臨床所見、検査所見

  1. 成人発症で緩徐に進行性である。
  2. 発症者は男性であり、家族歴を有する。
  3. アンドロゲン不全症候(女性化乳房、睾丸萎縮、女性様皮膚変化など)
  4. 針筋電図で高振幅電位などの神経原性変化を認める

C.鑑別診断が出来ている。

D.遺伝子診断

  アンドロゲン受容体遺伝子におけるCAGリピートの異常伸長

<診断のカテゴリー>

 上記のA.B.C.を全て満たすもの又はAとDの両方を満たすものを球脊髄性筋萎縮症と診断する。

球脊髄性筋萎縮症の治療法

 本症に対する根本的な治療法はまだ確立されていません。しかし、神経症状の進行を抑制する治療薬として、2017年に黄体形成ホルモン刺激ホルモン(LH-RH)アナログであるリュープロレリン酢酸塩が承認され保険適応になっています。12週に1回皮下注射をし男性ホルモンの分泌を抑えます。嚥下機能の低下を抑えることが期待されますが、運動障害や構音障害の抑制については臨床試験では明らかになっていません。

その他、歩行機能改善をもたらす医療機器としてロボットスーツHALⓇが2016年に保険適応となっています。また、残っている筋機能を維持するためにリハビリテーションを行うこともあります。合併している症状(肺炎、耐糖能異常、脂質異常症など)に対しては、対症療法を行います。

球脊髄性筋萎縮症の経過、予後

本症の神経症状は緩徐に進行します。発症から10〜20年で筋力低下のため階段昇降が困難になったり、嚥下機能の低下や呼吸筋の筋力低下により誤嚥しやすくなり、誤嚥性肺炎を繰り返すようになります。

また、約1/3の患者は発症後20年で車椅子を必要とするようになります。誤嚥性肺炎は直接の死因になることが多く、予後を左右する因子の一つです。むせやすい、飲み込みにくいなどの嚥下障害が見られ始めたら、食事の内容、摂取方法(姿勢など)を工夫し誤嚥を予防するように気をつけることが大切です。また口腔ケアをきちんと行うことは誤嚥性肺炎のリスクを減らすことにつながります。

<リファレンス>

難病情報センター 球脊髄性筋萎縮症(指定難病1)
難病情報センター 球脊髄性筋萎縮症(指定難病1)
GeneRevews Japan 球脊髄性筋萎縮症
神経変性疾患の克服に向けて 球脊髄性筋萎縮症の医師主導治験の経験から ファルマシア 52巻10号
SBMAの会

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