脊髄性筋萎縮症|疾患情報【おうち病院】

記事要約

脊髄性筋萎縮症とは、脊髄の前角細胞(運動を司る細胞)の変性により脳から送られる「筋肉を動かそうとする信号」を受信できなくなり、徐々に筋力の低下や筋萎縮を起こす遺伝性の疾患です。脊髄性筋萎縮症の原因・治療方法・診断のコツなどを医師監修の基解説します。

脊髄性筋萎縮症とは

脊髄性筋萎縮症 (spinal muscular atrophy: SMA) は、脊髄の前角細胞(運動を司る細胞)の変性により脳から送られる「筋肉を動かそうとする信号」を受信できなくなり、徐々に筋力の低下や筋萎縮を起こす遺伝性の疾患です。

本症は常染色体劣性遺伝の形式をとり、運動神経細胞生存 (survival motor neuron: SMN) 遺伝子が原因遺伝子であることがわかっています。
本症は発症年齢、症状の経過に基づきⅠ〜Ⅳ型に分類されます(4.脊髄性筋萎縮症の症状 を参照)。共通する症状は、筋力低下、筋萎縮、深部腱反射の消失・減弱で、病型により到達できる運動レベルや経過は異なります。

Ⅰ型は重症型でお座りをすることもできません。また呼吸不全に対し呼吸管理が行われなければ2歳までにほとんどが死亡するといわれています。

Ⅱ型は座位を保ことができるようになりますが歩行はできません。呼吸器感染症や側弯を発症するためこれらに対し治療が必要です。

Ⅲ型は自立歩行を獲得することができますが、発症後緩やかに筋力が低下し、歩行できなくなる場合があります。側弯が生じるため治療が必要になります。

Ⅳ型は成人期に発症するため、正常範囲内の運動機能を獲得することができます。発症後は、上肢遠位の筋力低下や筋萎縮を認め緩やかに全身に拡がり運動機能が低下します。

今までは本症に対する根本的な治療法はなく、各症状に対し対症療法を行っていました。しかし2017年にヌシネルセン(スピンラザ®)が国内で承認されたことで治療が大きく伸展しました。また2020年にはウイルスベクターを用いてSMN1遺伝子を細胞内に補充する治療薬オナセムノゲン アベパルボベク(ゾルゲンスマ®)が投与可能になり、本症は治療可能な疾患へと変化しつつあります。

脊髄性筋萎縮症の原因

本症は原因遺伝子であるSMN1遺伝子の欠失が原因であることがわかっています。SMN1遺伝子は運動ニューロンの働きを維持するSMNタンパク質を作っています。本症ではSMN1遺伝子の欠失によりSMNタンパク質を作れないため、脳や脊髄からの信号を運動ニューロンを介して筋肉に伝えることができません。

代わりにSMN1遺伝子のバックアップ遺伝子であるSMN2遺伝子からSMNタンパク質が作られます。しかしSMN2遺伝子から作られるSMNタンパク質は約90%が不完全なタンパク質であるため運動ニューロンの働きが維持できません。このようなことから筋を動かすことができず、筋力の低下や筋萎縮を生じます。

Ⅰ型、Ⅱ型の90%以上にSMN1遺伝子の欠失を認めます。またⅠ型の一部にはIGHMBP2の遺伝子変異を示す例を認めます。

疫学

本邦では、乳児期から小児期に発症するSMAの罹患率は100,000人に1〜2人です。Ⅰ型は出生20,000に対し1人前後とされます。

本症は常染色体劣性遺伝の形式をとります。つまり、両親からそれぞれ一つずつ異常のあるSMN1遺伝子を受け継いだ子どものみが発症します。異常のあるSMN1遺伝子を一つのみ(片親からのみ)受け継いだ子どもは発症しませんが保因者※1となります。つまり、両親とも保因者である場合、その子どもは1/4 (25%)の確率で本症を発症し、1/2 (50%)の確率で保因者となります。

海外での報告によれば、I型の保因者の頻度は欧米では60〜80人に1人、II型、III型は76〜111人に1人で、本邦ではこれよりやや少ないのではないかと考えられています。

※1 保因者とは、変異した遺伝子を持っているが発症していない場合のことをいいます。

脊髄性筋萎縮症の症状

本症は発症年齢、症状の経過に基づきⅠ〜Ⅳ型に分類されます。

いずれの病型も筋力低下、筋萎縮、深部腱反射の消失・減弱を認めます。

・SMAⅠ型(別名:Werdnig-Hoffmann病)

  • フロッピーインファント※2の状態を呈する
  • 哺乳困難
  • 嚥下困難
  • 舌の線維束性収縮※3
  • 呼吸不全
  • 人工呼吸器を用いない場合、死亡年齢は平均6〜9カ月、95%は18カ月までに死亡するといわれています。
  • 首が座らない
  • 支えなしに座ることができない

※2 フロッピーインファントとは、筋緊張が低下し体が柔らかく、ぐにゃぐにゃしているように感じる状態の乳児のことを表現します。
※3 舌の線維束性収縮とは、延髄における舌下神経核障害の時の重要な徴候で、舌に不随意的にみられる微細な痙攣のことをいいます。

SMAⅡ型 (別名:Dubowitz病)

  • 座位保持が可能
  • 支えなしの起立、歩行はできない
  • 舌の線維束性収縮
  • 筋力の低下により脊椎の側弯を認めます
  • 関節の拘縮
  • 重症例では、呼吸器感染症から呼吸不全を発症することがあります

SMAⅢ型(別名:Kugelberg-Welander病)

自力で立ったり、歩いたりすることができるようになりますが、発症すると徐々に転びやすくなったり、歩けなくなってきたりと今まで出来ていたことができなくなる退行性変化が現れます。また上肢の挙上困難も出現します。
側弯を生じ、成長に伴い側弯の増悪を認めます。

SMAⅣ型

成人期から老年にかけて、手の先に始まる筋萎縮、筋力低下や筋肉のひきつり、痛みなどから発症し、徐々に全身に拡がっていきます。肩甲帯の筋萎縮を初発とする場合もあります。
発症年齢が遅いほど病状の進行は緩やかであると考えられています。

脊髄性筋萎縮症の診断方法

 筋緊張の低下したフロッピーインファントの状態など、本症を疑う症状が見られた場合、まず遺伝学的検査を行います。また他の類似疾患を鑑別するために、血液検査や筋電図、神経伝導速度検査などを行うこともあります。

<診断基準> 難病情報センターHPより引用

厚生労働省特定疾患調査研究班(神経変性疾患調査研究班)による診断基準

A.臨床所見

  1. 脊髄前角細胞の喪失と変性による下位運動ニューロン症候を認める。
    筋力低下(対称性、近位筋>遠位筋、下肢>上肢、躯幹および四肢)
    筋萎縮
    舌、手指の筋線維束性収縮
    腱反射減弱から消失
  2. 上位運動ニューロン症候は認めない。
  3. 経過は進行性である。

B.臨床検査所見

  1. 血清creatine kinase(CK)値が正常上限の10倍以下である。
  2. 筋電図で高振幅電位や多相性電位などの神経原性所見を認める。
  3. 運動神経伝導速度が正常下限の70%以上である。

C.以下を含む鑑別診断ができている。

  1. 筋萎縮性側索硬化症
  2. 球脊髄性筋萎縮症
  3. 脳腫瘍・脊髄疾患
  4. 頸椎症、椎間板ヘルニア、脳および脊髄腫瘍、脊髄空洞症など
  5. 末梢神経疾患
  6. 多発性神経炎(遺伝性、非遺伝性)、多巣性運動ニューロパチーなど
  7. 筋疾患
    筋ジストロフィー、多発筋炎など
  8. 感染症に関連した下位運動ニューロン障害
    ポリオ後症候群など
  9. 傍腫瘍症候群
  10. 先天性多発性関節拘縮症
  11. 神経筋接合部疾患

D.遺伝学的検査

以下の遺伝子変異が認められる。

  1. SMN1遺伝子欠失
  2. SMN1遺伝子の点変異または微小変異
  3. IGHMBP2の変異
  4. その他の遺伝子変異

<診断のカテゴリー>

Definite:(1)下位運動ニューロン症候を認め、(2)上位運動ニューロン症候は認めず、(3)経過は進行性で、かつBの(1)~(3)を満たし、Cの鑑別すべき疾患を全て除外したもの

Definite:(1)下位運動ニューロン症候を認め、(2)上位運動ニューロン症候は認めず、(3)経過は進行性で、かつDを満たし、Cの鑑別すべき疾患を全て除外したもの

脊髄性筋萎縮症の治療

1)呼吸管理

呼吸筋の筋力低下により、呼吸不全を認めます。I型のほぼ全例で、救命のためには気管内挿管、後に気管切開と人工呼吸器管理が必要となります。

また呼吸器感染症にもかかりやすいため肺の理学療法(排痰ドレナージ)も行います。

2)栄養管理

哺乳、食物の咀嚼、飲み込みに関して、筋力低下によりうまく出来ないことも多く誤嚥による肺炎を起こすリスクがあります。

安全に必要な栄養を摂取するために、経鼻チューブや胃ろうチューブを留置し栄養摂取を行うことがあります。長期にわたってチューブ栄養が必要であると考えられる場合には、胃ろうチューブが選択されます。

3)整形外科的治療

本症Ⅱ型、Ⅲ型は、体幹の筋力低下により脊椎の側弯を生じます。側弯が悪化すると、座位の維持が困難になったり、胸郭の変形を生じ呼吸障害を呈することがあるため治療が必要です。

側弯のカーブが小さいうちは装具を装着し、注意深く経過観察することもありますが、カーブが悪化傾向にある場合には、適切な時期に手術が必要になります。

脊椎矯正固定術やグローイングロッド法など年齢や病状に合わせて術式が選択されます。

4)理学療法

病状に合わせた筋力訓練、関節拘縮予防のリハビリテーションを行います。

すでに獲得している運動機能をできるだけ維持するために必要な治療です。

5)薬物療法

近年2つの新薬の開発により本症の治療法は大きく進歩しました。これらにより、本症は治療可能な疾患になりつつあります。

a) ヌシネルセン(スピンラザ®)

日本では2017年に承認されました。この薬品は欠失しているSMN1遺伝子にかわり、SMN2遺伝子に働きかけ、完全長の機能性SMNタンパク質の産生を増加させる作用があります。これにより運動ニューロンの変性・消失を防ぐと考えられています。

投与方法は腰椎穿刺により髄腔内(脳脊髄液が流れている腔)に投与します。複数回の投与が必要です。

b) オナセムノゲン アベパルボベク(ゾルゲンスマ®)

この薬品は本症の根本原因である遺伝子の機能欠損を補う遺伝子補充療法で、1回の点滴静注で治療が完了します。

ウイルスベクターを用いてSMN1遺伝子を細胞内に補充することでSMNタンパク質を安定して産生し、運動ニューロンの変性・消失を防ぎ、筋萎縮を抑えることで生命予後や運動機能の改善が期待されます。治療の適応年齢は2歳未満であるため、早期発見・診断が大切です。

脊髄性筋萎縮症の経過、予後

I型は1歳までに呼吸筋の筋力低下による呼吸不全を発症し、人工呼吸器管理を行わなければ2歳までにほとんどが死亡します。II型は呼吸器感染や無気肺を繰り返す例もあり、その際の呼吸不全が予後を左右します。III型、IV型の生命予後は一般的に良好であるとされています。

しかし治療の項で示したように、本症の根本原因に対する薬品が開発されたことにより、本症の経過や予後は大きく変わるものと考えられます。

<リファレンス>

難病情報センター 脊髄性筋萎縮症(指定難病3)
難病情報センター 脊髄性筋萎縮症(指定難病3)
小児慢性特定疾病情報センター 脊髄性筋萎縮症
スピンラザ®
SMA家族の会
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